成田市さくらの山公園・公式ライブ配信告知

明日日曜日、13時より成田市さくらの山公園(閉鎖中)よりライブ配信を行います。

目的は自粛で飛行機を見に来られない方のために、今の成田周辺のTOPICSやさくらの山現状、成田空港の最近の飛来機など写真を交えて私が配信します。

ライブ配信のYoutubeアドレスを明日設定完了後にこのブログで告知しますので、お楽しみに!

スタッフは全員ボランティアなので、多分配信うまくできると思いますが、多少の不手際や時間のずれなどご容赦ください。

協力:成田市、さくらの山管理企業組合

写真はイメージで、あえてDELTAの777を

Boeing727のFEさん

何度か前のブログでBoeing727にはFE(航空機関士)がいる話を書いたが、そういえば先輩で727のFEの方がいた。

その方は1980年代にアメリカの飛行学校でパイロットライセンスを取得、だが働くには今も昔も仕事ができるVISA、ワーキングパーミッションが必要で当然ないので困っていた。

だがある日、立ち往生している車のご婦人を助けたら、たまたま上院議員の奥さんで「お礼がしたいけど、できることがあるかしら?」となり速攻就労ビザがおりてFEDEXにFEとして就職というアメリカンドリームを果たされた、

今はリタイアして四国で犬と一緒に暮らされているが、そんなFE資格を持つ方もいて727の話を聞かせていただいたものだ

1994年LAX

1989年シカゴ

1998年GUAM

1996年ニューヨークラガーディア

同じくラガーディア、確かCABIN CREWで乗務で行った際に撮影

オマケ:昨日の散歩での出会い、危なく踏むところだったぜ

カラフルMEXICANA

ブラニフネタが以外とウケたので次はこれ、尾翼がカラフルな

MEXICANA、さんざん撮影した。

今と違いフライトレーダーない時代だから、とにかく張り込むしかない。当然当たりもあればすでに撮影済(はずれもある)

色が違うだけではなく模様もすごい、これ90年代前半にステッカーがあったのか?マスキングして1機1機塗っていたのか?

たぶんB727だけでも15-20種類くらい撮影したが、ドイツ人ならともかくラテン系で明るくテキトーなメキシコ人にこれが長続きするわけもなく、そのうち柄はやめた、さらには会社消滅となってしまった。

B727の後継機はA320になり、そのうちA320のポジスキャンを開始したら、同じネタ出しますのでお待ちください。

おまけ、昨日の散歩コース、田植えの季節ですね

007DELIVRED.

エージェントとしては日ごろの情報収集が欠かせないが、6時台に007が到着したという情報を入手(極秘情報提供のA氏ありがとう)、クリアランスデリバリーを聞いて右手にワルサーPPK、じゃなかったEOS90DにEF200-400mmを装着してスタンバイ

香港行だから成田のアジト(ここ)でターゲット捕獲ができる、というか朝の光だが展望デッキ閉鎖の今、光線悪いとか言っていられない

一応これでもLondonに行くと勝手に本部、日本流にいえば本省を見に行っている。

MI-6本部 マジでシークレットエージェントの本部なのでYour eyes only (他言無用)余計なことを言うと消されます。

なおうんちくのあるアストンは私が出入りする車屋さんにあるので、頼めばマシンガンとかつけてくれるのかもしれない、車好きの方なら下の車両の文章を見て楽しめるはず。

http://www.caesar.co.jp/collection/02aston-db7-black/01%20aston%20db7%20vorante.html

そんで、本題、TAKE OFF、ん?

お!そこに書いてあるわけね、007DELIVERED. SUPPLY DELIVERED.

007も公開延期になったが、007ファンとしては楽しみ~、

ロジスティックスはDHL、007のスポンサーになればOMEGAやアストンのようにイメージアップになるしね。

BRANIFFの思い出

皆さんリモートワークでお時間に余裕があるのか、メールなどで初めての方から多数連絡をいただき「懐かしい写真で飲みながら思わずメールしてしまいました」とかアメリカで学んだエンジニアの方とお知り合いになり、飛行機の技術がキャデラックに活かされている話とか興味深く教えていただいたり、なかなかエンジョイさせていただいている日々

さて本題

FDAフジドリームエアラインズができるかなり前にさまざまな色を塗ったエアラインがあり、今でもBRANIFF展があると日本でも若い女性などBRANIFFを知らない世代にも人気

初代は1920年代~82年、復活ブラニフが83年-90年、再度復活ブラニフが91-92年、私の年齢では下1989年LAXにて 復活ブラニフがなんとか撮れた世代

三度目のブラニフは1992年フォートローダーデール(フロリダ州)

1992年マイアミ、ね、FDAみたいに丸ごと1色でしょ。

ちなみにグレーの機体は二年後モハビで再会することになる。

本当は70年代の全盛期に撮りたかったけど、72年生まれなので年齢的に無理だった。

悲壮感がないとダメらしい

カメラメーカーの方と昨日お話というか雑談をしていたのだが、ジョークではあるが「古庄さん、仕事9割減とか言っても悲壮感ぜんぜんないじゃないですか、もう学校写真のカメラマンさんなんて学校ないしスポーツ活動ないし大変ですよ」

とのことで写真家業界も大変らしい「物撮りは仕事あるがお姉さん撮影も仕事減」まあ密になるしね・・・

私の考えとしては、そもそも会社員ではないので定期収入ないし、In case腕を折った、足を折った、入院したという事態も想定済。昨年も石垣空港の山で「しまった、足折れたかも」という事態になったし(足をひねってくじいて多分ひび?」、蓄えはないがそういうハプニングで半年休業ということも想定内なので悲壮感はないが、仕事減をアピールするには悲壮感がないとダメらしい(笑)

さて、スキャンした写真で見比べ

上は現在のターミナル3より、下は1989年だから旧ターミナルのRWY04上り

1989年は羽田空港のANAの孫請け会社でバイトをしていたので、この大看板とかが懐かしいぜ、京急の旧羽田空港駅(今の天空橋付近)から歩いてB滑走路をくぐり東急ホテルと警察署の間のケータリング会社まで土日通っていた。

今帰国すると

昔の仲間がFamily EmergencyでLAから緊急帰国する必要があり、入国してどうなるのか情報が錯そう中、先日LAからの到着の仲間のお嬢さんをMeet & Assistしたときは、ふつうに出てこれたので、どうなるのか?と思いスタンバイ

私が在籍していたCRYSTAL AIRというプライベートジェット運航会社の日本人スタッフ社訓は

「できるできない聞いていない、やれ!」

「お前の意見は聞いていない、とにかくやれ!」

という超ブラック企業で私も手下にそう言っていたので、未だに「奴隷部隊の隊長」と呼ばれていることもあり、

神戸在住の元同僚でヘリパイより「〇〇ちゃんが羽田着で困りそうなんや、ヘルプしてくれへんか」(〇〇ちゃんと言っても同僚時代は30代だと思うが今や彼女も60代、ご主人はアメリカ人でHONDAJETの設計にかかわっていたが、すでに日本語がおかしくらいアメリカナイズされている)という指令

そんで入国して公共交通機関には乗れないのでPCR検査終了後に迎えに行くようにしていたが、結局ホテルに移送され14日間缶詰め。

私はスタンバイだけで行く必要がなくなったが、Family Emergencyなのに二週間隔離も気の毒である。

さてタイトルとは関係ないがナナマルの写真の対比、1990年シドニー空港

上の撮影場所は消滅しているので同じ場所からではないが、かなり近い場所より撮影、ビルの数がぜんぜん違う、シドニーのタワーの対比でみれば一目瞭然

同じ四発機でもナナマルからサンハチマルに変わりました。

散歩コースの一枚

なるべく日々歩くようにしているが、我がオフィスより徒歩10分でこんな景色がある。

この奥にポツンと牧場が1軒だけあり、話には聞いていたが一度行ってみようと思い散策

これだけ見ると、すげえ田舎に住んでいると思われるがウチは空港の横、ふつうの住宅街である。

ちなみにときどきではあるが、AM6:00にフルリバース(エンジン逆噴射・最大室力)するヤツがいて、ゆっくり寝たいので起きてしまい、「誰だよフルリバースしてるヤツは、ふざけんなよ!」と思うが、それも空港横ならではである。

まあもしかしたら後続機がありただちに滑走路離脱しなければならないのかもしれない。

さて、今日のナナマルは1996年マイケルジャクソンの東京?日本?コンサートの機体@NRT

二機で来たぜ

1機目はYR-JCB Operated by JARO International 元PANAM機1968年製造

B707-321B

二機目 N138AR B707-138B Comtran International 1959年型 元QANTAS機

ボディの長さが138と321で違うでしょ、どちらも畑ポイントにて

どちらかにマイケルジャクソンが乗っていたはず。ちなみに昨年パイロットライセンス・リカレントトレーニング(定期訓練みたいなもの)でマイケルジャクソンのネバーランド上空を飛んできたので、親しみがわくぜ。

ナナマルのスキャン初めました

B727のポジスキャンが終了、まあこの後もネタは出しますが、B707のスキャンを開始。私の年齢ではB707は正直そんなに撮れていない、

そんで対比、B滑走路の移転拡張は2000年供用開始なので、完全に場所が一致するわけではないが 下1992年撮影

92年11月10日、トーゴの政府専用機を撮りに京浜島へ、上はついでに撮ってたB737-200

滑走路を羽田拡張で以前とずらしているので、だいたいの場所イメージだが

今年三月撮影で、だいたい場所は同じ、こんなもんじゃないかと思われる。

こんな比べ方ができるのも長年撮っている楽しみ。

明日以降は少々ナナマルネタで行きます。

中南米の国名はエアラインで

昨日アビアンカの話を書いたが、ポジスキャンをしていて昔はエアラインで国名を覚えた、覚える気はなくても自然と覚えた。

おかげで吸収合併で一つの国ではなく複数の国のエアラインになった今も、古い癖というか記憶が出てくるので

「LAN」といえば「チリ」だし「アビアンカ」と言えば「コロンビア」と反応してしまう。でもさ表記しづらいよね、SAS=北欧三か国のエアラインみたいに、LATAM=南米のエアラインではしっくり来ず、ランチリとかアビアンカ・コロンビアとかのが分かりやすい

そんで、LABボリビア

TAMEエクアドル@ 上下ともにエクアドルのキト撮影

サービベンサ(ベネズエラ)もっとも当時ベネズエラのエアラインといえばVIASAがメジャーだったが

こちらは近年の撮影だがあえて旧塗装でアビアンカ

TACA、昔はエルサルバドルだったがこのSHIPはホンジュラスの旗がレジの前に見えるのでTACAホンジュラスだなとかややこしくなってくる。今やTACAもアビアンカに吸収、行先もエルサルバドルのサンサルバドルとかややこしかった。

ほかにもLACSAコスタリカ、有名どころでVARIGブラジルとかVASPブラジルとか、でも中南米の小国だとエアラインを維持するのは大変なんだな、それが現在の吸収合併に至る。このあたりを国とエアラインの関係で本ができなかな~、写真はありまっせ。