あれから20年

今日は9.11 そう忘れもしない「セプテンバー・イレブン」

この9.11が会社を辞めて写真家として独立するきっかけになった。

 

外資系エアラインだったので、すでに自分の会社を立ち上げていて、航空雑誌の連載のお仕事もいただいていた。

そして9.11

後ろに写るのはワールドトレードセンター

まだ20代だったが、会社の待遇は良く、イケイケGOGOのアメリカのエアライン

週末は自社便の空席を使ってハワイ?グアム?

日本の国内線(JAS)は9割引きで乗れるし(空席に限る)

日本のエアラインは無料や割引パスが年間何枚など、規定が細かかったが、米系は無制限

飯代くらいを払えば、どこでも乗れた。(アメリカ本土1万円程度)

 

それが9.11で激変、あの日、自分たちがかかわったお客様を乗せた CO6便、8便はどこに降りたのか?(全便着陸命令が出た)

と慌てた、さらにハイジャックされた可能性は?など

成田を出発して数時間後、今 アラスカあたりか?

情報は錯そうし、会社に行き、情報収集にあたった

そもそも、入社はコンチネンタル・ミクロネシア航空で、グアムやその先、ケアンズ、パラオ、バリ、ヌーメア、サイパンなどが担当だったが

気がついたら、コンチネンタル航空に吸収され、部署移動でニューアーク、ヒューストン担当に

そして、毎月ヒューストン本社でトレーニングや、ニューアークで会議、フロリダやテキサスでセールス応援やゴルフ接待

社員数5万人、運航機材はエクスプレスなど傘下を入れると600-700機 メガキャリアであったが

自主退社して、自分でやってみて、ダメならまたエアラインに戻ればいいさ、と思ったが

クライアント様のおかげで20年やってこれた

 

その間、東日本大震災、SARS、リーマンショックなどなど、航空業界(下請けの私も含む)浮き沈みがあったが

今回のCOVID-19が一番ダメージが業界的に大きいだろう

(写真はポジスキャンのヒューストン同時離陸)

とはいえ、20年間やってこれたことにクライアント様、育ててくれた方々に感謝。

とりあえず COVID-19を乗り越えて、また航空業界が復活する日まで、細々と頑張りますし、

こんな時期にもオーダーをいただける方々に感謝申し上げたいと思います。