飛ばないと思っていたけど
当時から感じていたけど、砂漠のボロい飛行機(特にDC3とか)は
わりと朽ち果ててもう飛ばなそうな機体を数年後に別の空港で見ることなんかもあり、おどろく
例えば N6816D 1998年撮影、ボディも色あせ、フラップは穴だらけ、足回りもボロイ@チャンドラー空港
機材はDC4の軍用輸送版 C54(蒸気機関車みたいな型式だぜ)
それが、同じ機体番号で
2001年 AVRA VALLEY空港 まあ近所の空港だが、飛んで来たんじゃん・・・
直したのね、これ直してなにに使うの
そして今はカンサスにいるらしい、
アリゾナあたりを数年おき(以前は毎年)に訪れていると、こういう出会いもある。
こんなボロの機体もあれば、ビカビカにしているDC4もあり
1944年製、97年にアリゾナ州キングマンで撮影。
そして現在はアラスカで現役で活躍中、そのうちきっとまた会えるね。
フィルム換算
デジカメは高いのか? 特にフラッグシップ機は?
なんて話が良く出るが、ポジスキャンをしていて金額を思い出してみると
当時ポジフィルムは800円くらいで、現像料(マウント付き)で1200円=フィルム1本で2000円の経費
貧乏時代はマウントではなくスリーブという状態にして、自分でマウントをはめて節約をしていた。
マウントつきで
(1枚あたりの経費は2000÷36=55円、失敗カットもあるのでざっくり 1枚60円だな)
当時は月にフィルム10本撮ったとして、フィルム1本分経費2000円だから=20000円
高校生のバイト代はフィルムと成田へ通う足代で消えたぜ
フィルム10本というと、すげえ撮っている気になるが、
たった360枚だかんね、
今のデジカメに比べりゃ ぜーんぜん大したことない、
私は今仕事で平均月6000枚撮影するから、36枚撮りだと 6000÷36= フィルム166本!
信じられない、フィルム換算するとそんなに撮ってんのか!
2000円X166本=33万2000円 って腰抜かすぜ・・・
やはり1枚1枚大事に切らないと、
アマチュア時代に月にフィルム10本(20000円)として一年で24万円+現像所までの足代、フィルム買いにいく足代、時代は20年前なので物価上昇係数とかかけたら
一年で30万円以上、そう考えりゃ
デジタル一眼すげえ安いぜ!お買い得!
EOS1DX MarkII 70万円ノープロブレム という気がしてくる。(どうです?カメラを買う口実にできんじゃない?)
まあ昔はフラッグシップ機は20万円くらいだったけどね・・・
そんで、当時は飛行機写真の教室なんてないし、露出一段間違えると終わるし、ISOは50とかだし
逆光だと色は出ないし、写真はお金かかると言われるけど、よくやってたぜ。
私がプロカメラマンでポジフィルムで仕事をした最後の世代だけど、フィルム代ばかにならなかった
そんで、そんな当時のフィルムをスキャンすると、(右がマウントと呼ばれるもの)
マウント入りは機械が勝手にコマとコマの間を切るので、ギリのときもある
左のDC10のノーズがギリでスキャンすると切れる
なのでマウントをはがして
プラスチックマウントに入れなおして位置を修正、
さらに画像処理を少しして
第二エンジン外されたDC10 スキャン完了。
うーん 地道な作業だが、青春の一枚、いや一万枚? 正直何枚あるか不明・・・
今月決算+家の諸事情でデスクワーク多し、なので
空いた時間でポジスキャンさ
日曜日は仙台空港 空の日
日曜日は仙台空港 空の日
トークイベントは午後あるので、ぜひお越しください!
昨年ゆっくりお話できなかったので、今年はじっくり
詳しくはこちら
旅行会社限定SKYTEAMセミナー@OSA
この間、皇居横のパレスホテルで行われた SKYTEAM2018セミナー
今度は大阪で開催 ただし旅行会社さん限定のセミナーです。詳細はこちら
https://krs.bz/travelvision/m/skyteam2018osa
今回CAさんは来ないけど、場所はコンラッド大阪
前回は、ホテルの大型バンケットで扉がバーンとOPEN 音楽にあわせて各社CAさんたちが入ってくる
すげえ華やか、豪華~! 最後尾にくっついて入り
CAさんたちが振り返ると CANON EF400mmをかついで花道を登場
こんな演出 初めてだぜ! ちょちょちょっと慣れないもんで・・・やっぱタキシードだったかな~?
さあて、セミナーの準備しないとね。コンラッド大阪の宿も確保して・・・ん?気のせいかちょいと予算オーバーだな・・・
関西のエージェントさん(旅行会社さん)エントリーが必要なので、お越しになる方はぜひ
WEBからエントリーお願いします!
RRの魅力
セントレアのFlight of Dreams 通称「フラドリ」でRRエンジンを見たら、
たまにはロールスロイスを見たくなり、自車の修理状況確認ついでにいつものロールスロイス屋さんへ
写真はFlight of Dreamsに入る前のZA001、RRエンジンマークがしびれるぜ!
でも最近ANAをはじめ、世界のエアラインで787ロールスロイスエンジン問題があってからロールスロイスネタも書きづらいわけよ
まあ車と飛行機のRRエンジンは途中で別組織になってるからカンケーないけど、
ロゴ同じだしね
RRは英国にドライビングスクールもあり
暴漢の撃退方法とか、VIPの乗せ方、降車の仕方とか、テロにあった時の離脱などいろいろやるそうで、
私もこのSHOPで行った方にちょっと教わったがなかなか興味深い、
外からのショーファー(運転手の見せ方)とか、指示を出されたときの うなずき方まである。
だいたい、燃費とか軽さとかよりも、万が一の時 当てられても離脱できる重量とPOWER
まあ、最近はロールスロイスも自分でハンドルを握る風にしているので、ふつうの足で使ってもあり
こういうリムジンも作りを見ると芸が細かいし、英国貴族のカルチャーがあるのでロールスロイスにかなうものはない
中でも今回見に行った目玉は、007好きとしては、
昔の作品の原作の中で、ジェームスボンドが「ヒースロー空港先の幹線道路で事故っていたベントレーRタイプを買い
バトルシップグレーに塗装・・・」とあり、原作のボンドカーはアストンマーチンよりもベントレー(このころの)がメイン
ロールスロイスの時も古い時代はある。
そのRタイプコンチネンタルがコレ、日本じゃなかなか見ないな~、まあ英国でも見られないくらいレア、お宝だけどね
まあこのRタイプコンチネンタルはすでに値段が上がり買えないので、1990年代のコンチネンタルRを渋い歳になったら欲しいと思っているが
最近この手の車両は値上がりしているので、買えなくなるかも
まあ、死ぬ前に「ああ~、あの車に乗っとけば良かった~」とか
「どこに行っておけば良かった~」と後悔したくないので、人に迷惑をかけないなら好きなことやったがいいじゃん。
こういう車は買っておけば値上がりも期待できるので、所有の満足+経費分は値上がりでカバーできるかも
すでに私は、乗りたいけど高くなりすぎて買えなくなってしまった車が数台ある。
HAWAIIANデーシーテン
友人がHAWAIIANの白のDC10のモデルプレーンを購入したとの事で画像を見たら、
機体の写真が見たくなり、ポジスキャンをDC10に変更
2001年撮影@LAX
機体番号N35084、こういう数字の羅列は元コンチネンタル航空の可能性大
で調べると元コンチネンタル、その前はカナディアン、その前はシンガポール航空という経歴
コンチネンタル航空はレジを一見バラバラのように見えるが下3桁とかで管理、
だってN601DA(デルタ)とかN151AA(アメリカン)とか末尾でやる方がいいけど、途中でおさえられているレジがあるので
末尾が変わったりぐしゃぐしゃになる。キレイにそろわない。
ANAの787だってさ JA826Aは欠番、なぜなら青森県警のヘリにとられているから
会話だと ディーシーテンだが、スポッターの間では デーシーテンとかデーシーエイト ということも多かった
1990年@さくらの山 横田にはわりと来ていたけど、NRTでは美味しかったワールドのDC10
こちらは1989年撮影@ NRT畑ポイント
DC10あらためて見ると カッコイイじゃんね~
今はMD10がアメリカに行けば見られるかもしれないけど、それが最後かな~
静岡空港の特別エリアでEOS学園オンライン
12月、富士山が見える季節
そんな日に 静岡空港のご協力を得て 富士見の丘という普段は入れない場所で富士山バックに(たぶん)
EOS学園オンライン講座をやります。
https://oeg.canon.jp/category/TOKAI_KOUSHINETSU_H/505ZZ715_00306.html
こういう機会じゃないと静岡空港行かないでしょ?
都内から車でAbout3時間 ミカンとか買って帰れるし、静岡のご当地レストラン「さわやか」もおすすめ
ぜひお越しください。
4か6か7か
追いかけるのを DC10とかDC8とか、せめてナナマル(B707)くらいまでにしておけばまだ救われるが
1990年代(それ以降は存在すら厳しい)にハマっていたのがダグラスDC4、6、7あたりの機体
私がLAにいたときのBOSSは元JALのPilotで DC6B、DC7Cと乗り最後は747クラシックで飛んでいた方で
いろんな面白い話を聞けた
なので、そんなダグラスの古い機体を中心に、とにかく古いエアライナーならなんでも追いかけていた
が、しかしDC4、6、7って見分けが難しい
その場でレジが分かってもネットなんかない時代だしさ
DC6ね カメラはたぶんCanon T90かEOS3(デジタルじゃないよ)
JALはDC6Bを1953年から使用していた。ちなみにこの写真の機材は最初のデリバリーがSAS、北欧で飛んでいたわけよ
下はDC7B ちょっとストレッチしてある。この機はDELTAにデリバリーされ飛んでいた。
さすがにスポッターもここまで重病な人は、私と 成田では有名なK田さん、当時記事を書いていたAさんという人くらいで
だいたい日本からアリゾナやネバダの砂漠の空港を徘徊するヤツなんていなかった
これらは当時 山火事消防機で使用されていたが、元エアラインで飛んでいたと思うと夢がふくらむ
また海外旅行に気軽に行けない時代に活躍していたエアライナーたち
やはり写真って撮っていて良かった~
自分の記録にもなるし、思いをはせられる






















